きんちゃんの日本百名山日本百名山→飯豊山

飯豊山
日  時 2009年8月1日(土)〜2日(日)
山  名 飯豊山(いいでさん)2105m
山  域 福島・山形・新潟
メンバー 6人

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コースタイム
7月31日(金)
岸和田 22:00 = 阪神高速・近畿自動車道 = 吹田JCT = 名神・北陸・磐越道
8月1日(土)曇り
磐越道・西会津IC = 山都(やまと)町 =7:25 川入キャンプ場 8:15 − 9:40 中十五里(水場) 9:45 − 10:15 上十五里 10:30 − 10:56 笹平 11:15 − 11:33 横峰小屋跡 12:10 − 12:45 峰秀水 12:55 − 13:12 地蔵山分岐 13:12 − 14:05 剣ヶ峰 14:40 − 15:00 三国小屋(泊)

 朝日連峰を縦走してから早くも5年が過ぎた。私には、朝日連峰と飯豊連峰を登るなら縦走をというこだわりがある。しかし、朝日連峰の時もそうであったが、マイカー登山では車の回収の問題や、公共交通機関利用だと時間や費用の問題があり、なかなか計画を立てるのが難しい。このような状況で5年が過ぎ去ったわけであるが、これではいかんということで、昨年7月にかつらぎ山岳会の有志5名を募り、「飯豊山を登ろう会」を立ち上げ、1年かけて飯豊縦走の計画を練ることにした。

 飯豊山を登ろう会は、都合3回開催され、飯豊山荘を拠点に梶川尾根を登り、飯豊山から大ー尾根を下るルートや、胎内ヒュッテから川入までの縦走などが検討されたが、最終的には、地図の端から端まで歩くというEK氏のこだわりが採用され、川入から飯豊山〜杁差岳を縦走し、権内尾根から大石ダムに下山するというコースに決まった。

 参加者は6人なので、マイカーだと2台必要となり効率が悪い。そこでレンタカーを利用することにした。車種は、トヨタハイエースロングバン。営業所が近く、料金が安いのが決めた理由だ。レンタカーを下山口に配送する問題は、喜多方タクシーさんにお願いして解決した。

 こうして、1年かけて準備された飯豊連峰縦走は、とうとう実現したのである。 

川入キャンプ場
 川入(かわいり)キャンプ場には7時25分に着いた。岸和田を出発してから約10時間かかった。運転は、2名を1チームとし、1チーム2時間の運転でまわしていった。運転以外の4名は、後席で寝ることが出来たので、かなり楽であった。

 川入キャンプ場の駐車場は広い。駐車している車は数台で、このところの天候不順で入山者が少ないのだろうか?キャンプ場には、管理棟、炊事棟、トイレがあるが、管理人は不在であった。管理棟に登山届けを提出し、準備を整えて出発する。

中十五里
 長坂と呼ばれる登りは、下十五里、中十五里、上十五里と、500メートル間隔で道標があり、休憩をとるのによい目安となる。

中十五里
 中十五里には水場の看板があった。水はまだ十分にあったので汲みにいかなかったが、ガイドブックによると、中十五里から北北東に距離約50メートル、高度差8メートル下ったところに水場があるらしい。

横峰小屋跡
 出発してから3時間18分で横峰小屋跡に着いた。ここから先にはこのような広場はないので、ここで昼食をとることにした。メニューはカップラーメン。

峰秀水
 峰秀水は、冷たくて美味しい。生き返るようだ。三国小屋の水場は危険なところにあると聞いていたので、ここで水を補給することにする。明日の切合(きりあわせ)小屋までの水3リットルを補給すると、ザックがズッシリと重くなり、この後の剣ヶ峰の登りが大変だった。

三国小屋
 川入キャンプ場から6時間15分かかって、午後3時に三国小屋に着いた。予定より1時間遅れである。この原因は、私が持っている2000年発行の昭文社「山と高原地図・飯豊山」では、川入キャンプ場から三国小屋までのコースタイムは4時間10分であるのに対し、FK氏らが持っている最新の2009年発行の同地図では、我々の歩いた時間で丁度コースタイムどおりであった。私が古い地図で計画を立てたので、2009年の地図ではコースタイムよりかなり早い計画となっていたのだ。おそらく中高年の登山者の増加により、それに合わせたコースタイムの改訂を行ったのだろう。事実、我々も2009年地図のコースタイムで歩くのが精一杯であったのだ。

 三国小屋は空いていて、1階には横峰小屋跡で一緒になったパーティが入り、我々は2階に陣取る。管理人さんが作ってくれた調理台のお蔭で、2階でもコンロが使えて調理できたので、ほんとうに居心地のよい一夜を過ごすことが出来た。
コースタイム
8月2日(日)晴れのち曇り
三国小屋 5:55 − 7:20 種蒔山 7:20 − 7:45 切合小屋 8:05 − 8:45 草履塚 9:00 − 10:43 本山小屋 11:25 − 11:40 飯豊山 12:00 − 13:26 御西岳 13:26 − 13:33 御西小屋 13:41 − 14:42 大日岳 15:11 − 16:00 御西小屋(泊)


遠く蔵王連峰が赤く染まる
 夕方から降った雨は夜半にあがり、私は寝ていて知らなかったが、星がすごく美しかったそうだ。一夜明けると、快晴の空が広がっていた。管理人さんの話しでは、久しぶりの晴れ間だそうだ。
 ご来光は蔵王連峰から出てくるが、今日は厚い雲に覆われていたのでダメであった。

雲海の向こうに磐梯山
 雲海が広がり、その向こうに磐梯山(右奥にピークが2つある山)が浮かんでいる。

昨日登ってきた剣ヶ峰の岩稜
 昨日はガスの中でよくわからなかったが、剣ヶ峰の岩稜が望め、勾配がきつく険しい登りであったのが伺える。

三国岳から種蒔山に続く稜線
 三国小屋から種蒔(たねまき)山方向を眺める。種蒔山は、真ん中奥にあるなだらかなピークの山である。その右手に飯豊本山が頭だけのぞかしている。種蒔山まで結構遠く、アップダウンもあるようだ。

朝の三国小屋
 出発前の三国小屋。管理人さんにコースのことなど色々教えていただく。親切な管理人さんでした。ちなみに、三国小屋は三国岳の山頂に建っている。山頂であるが、山名板や三角点などの目印はない。三国岳は、文字どおり福島県、新潟県、山形県の三県にまたがっている。

御西岳から左に続く大日岳への稜線(三国小屋から)
 三国小屋からは、御西岳から大日岳に続く稜線がこのように見える。飯豊山の特徴は、この緑色と白色の美しいコントラストであると私は思っている。立山の室堂も同じように美しいが、緑色の美しさでは、飯豊山が数段上である。

三国小屋を振り返る
 七森の手前あたりで三国岳を振り返る。頂上に三国小屋がポツンと建っているのが見える。
 種蒔山までは樹林帯のアップダウンが続き、暑さに参る。

種蒔山(左のピーク)、縦走路はピークを踏まず右に巻いている
 種蒔山はピークを踏まずに右に巻いて切合小屋に下っていく。種蒔山を過ぎると大きな樹木はなくなり、視界が開け、これぞ飯豊連峰という気持ちのよい縦走が始まる。

種蒔山を過ぎると、はじめて雪渓が現れた
 種蒔山を過ぎて下っていくと、はじめて雪渓が現れた。草の緑色と雪渓の白色が合わさって美しい景色が広がる。栂海新道の黒岩平もこのような感じだったと思いながらこの景色を眺めた。

まもなく切合小屋に到着
 三国小屋から1時間50分かかり、ようやく切合小屋に到着。徐々にガスが出てきて視界が悪くなってきた。

切合小屋の水場
 切合小屋の水も冷たくて美味しい。水は流れっぱなしである。管理人さんが食器を洗っていた。ここで次の御西小屋までの必要な水を補給する。管理人さんによると、昨夜の小屋はガラガラだったそうだ。どうも、天候不順が影響しているらしい。お蔭で、この飯豊連峰縦走は、登山者が少なく、静かな山行が楽しめた。

切合小屋から草履塚への登り
 三国小屋もそうだが、この切合小屋のトイレもきれいに整備されて気持ちがよかった。
 切合小屋を過ぎると、下山してくる登山者とポツポツと会うようになった。

草履塚
 切合小屋から草履塚まで40分、1ピッチで登る。ガスが出てきて視界が閉ざされてしまった。
 草履塚から姥地蔵のある鞍部までいったん下り、そこからひたすら登ると飯豊山神社のある本山小屋に着く。

飯豊山神社
 私は、この飯豊山で百名山登頂99座目となる。百名山99座の無事登頂を感謝し、飯豊山神社に参る。残るは利尻岳のみだが、利尻岳登山の予定はまだない。今後は、自分の気持ちの動きにまかせようと思っている。

本山の鐘
 本山の鐘を鳴らすと、カーンと澄み切った音があたりに響いた。

本山小屋
 本山小屋は三国小屋と同じような造りだ。ここのトイレも切合小屋と同様別棟(三国小屋は、棟の中にトイレがあった)で整備されていた。私は利用しなかったが、外観からはバイオトイレで気持ちよく利用できそうであった。

飯豊山頂から本山小屋を振り返る
 本山小屋から飯豊山頂までは、なだらかな道で15分の距離であった。

飯豊山頂上から御西岳に続く稜線、正面の奥に見える山は大日岳
 本山小屋を出発するとまもなくポツポツと雨が降ってきて、飯豊頂上に着く頃には雨は激しくなってきた。あわてて雨具を着ると、不思議なことに雨は止み、しかもガスが切れて視界が開けてきた。雨でダメかなとほとんどあきらめていただけに、頂上からこの展望が得られたことは奇跡と言える。

飯豊山頂上から烏帽子岳を望む
 烏帽子岳はこの角度から見るとなだらかなように見えるが、翌日、実際歩いてみると結構アップダウンがあり、稜線漫歩というわけにはいかなかった。

飯豊山頂上
 飯豊山一帯は新潟と山形の県境になっているが、この飯豊山頂上は福島県となっている。理由は、明治期、廃藩置県後飯豊山付近が新潟県に編入されたが、飯豊山神社を本宮とする福島県側の猛烈な反対運動により参道にあたる登山道および山頂を再び福島県にすることで決着した結果である。したがって、三国岳から飯豊山を越えて御西小屋付近に至る約7.5キロメートルの登山道、幅3尺(飯豊山頂と飯豊山神社付近は最大300メートルほどの幅がある)が福島県となっている。

大日岳
 飯豊山を出発してしばらくすると、またガスが出てきた。御西岳はガスのため何も見えず、通過するだけとなってしまった。
 御西小屋の手前でガスが切れて、大日岳が姿を現す。ここから見る大日岳は大きく立派であった。

御西小屋
 飯豊連峰は、ほんとうにたくさんの花が咲いていました。特に御西岳周辺は、ニッコウキスゲが満開であった。ガスで景色が見えなくても、足元の花を見ることで楽しませてくれたので、大満足であった。

御西小屋から大日岳への縦走路
 御西小屋に荷物を置いて、サブザックで大日岳を登りに行く。荷物は軽くなったが、登りは相変わらずしんどい。ガスが切れて景色が見えたのがうれしい。景色を見ながらゆっくり登る。

大日岳頂上
 大日岳の頂上はタテに長いため、360度の景色というわけにはいかない。頂上は我々だけであったが、途中で東京から来た高校の先生が単独で登ってきた。先生は「朝日連峰の縦走を終えて、こちらに転戦してきた。大熊尾根から杁差岳を越えてきた。大熊小屋は一人で寂しかった。大熊尾根では滑落しそうになり大変だった」などと話していた。朝日連峰と飯豊連峰を一挙に縦走するとは、世の中にはいろんなひとがいるものだと改めて感心した。

大日岳頂上から西大日岳を望む
 FK氏が「西大日岳に登らないのか」と私に水を向けてきたが、西大日岳を見ると遠くに感じられ、時間もかかりそうだったので「私は登る気はない。FK氏は登ってください」と答えたが、結局、FK氏も登らなかった。

正面に烏帽子岳、その左に北股岳(大日岳頂上から)
 FK氏がもってきたウイスキーを飲みながら、烏帽子岳、北股岳の展望を楽しむ。この写真ではわからないが、烏帽子岳と北股岳の鞍部には梅花皮小屋が見えている。

御西小屋の水場
 御西小屋の水場は、小屋から歩いて5分くらいのところにある。冷たくて美味しい水が流れっぱなしになっている。この時期、水量は豊富であった。
 本日の行動時間は10時間。久しぶりによく歩きました。

杁差岳に続く
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